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幼馴染と刺繍をこよなく愛する魔法使い。

羽守藤乃(IC:梓乃絵師)

Author:羽守藤乃(IC:梓乃絵師)


ブログ内に掲載される作品は、株式会社トミーウォーカーの運営する『シルバーレイン』及び『サイキックハーツ』の世界観を元に、株式会社トミーウォーカーによって作成されたものです。
イラストの使用権は作品を発注した藤里蒼泉及び羽守藤乃のPLに、著作権は各クリエーター様に、全ての権利は株式会社トミーウォーカーが所有します。
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魅魔の声

 気がつけば、其れは髄を木霊していた。
 この上なく甘美で、とてつもなくおぞましい ──

 恐らくは、と。
 報告書に目を滑らせながら、藤乃は思い起こす。
 恐らくは、あれが闇落ちの前兆であったのではないか、と。


 小学校卒業前の、夏から秋へと移り変わる頃に聞こえた、あの声こそが。
 闇からの声。



◆◆◆



 羽守流の当主候補は六人と決まっていて、候補と認められると珠綬と呼ばれる掌で握り込める程度の大きさの石と石を下げる紐を授けられる。
 建前としては、羽守流の門下生で実力が認められれば誰でも珠綬を手にする資格があるのだが、基本的に羽守の一族の中でも有力な六家が専有しており、一族以外が手にすることはほぼ無い。
 この六家を、珠綬の色にちなんで羽守六彩、と一族の者は呼ぶ。瑠璃、珊瑚、琥珀、翡翠、紫水晶、柘榴石の六色に浮かぶは羽守の家紋。
 この六彩を揃えた者が、当主となるのである。

 藤乃はもうすぐ授かる予定となっているのは、瑠璃の珠綬 ── 藤乃の羽守家に伝えられる、ここ三代続けて当主を輩出した重い色だ。

 その重さを思えば、珠綬を手にする前のこの時期は身が引き締まる思いであるはずなのだが、藤乃は気もそぞろという初めての心持ちを持て余し気味に、ただ漫然と過ごしていた。
 両親が準備に張り切るのを見ても、特に気持ちは高揚しない。
 異例の早さだ、とか。
 女のクセに、とか。
 周囲の声も、右から左へと抜けていく。
 待ち望んでいたはずの事なのに、ただそれだけの為に生きているはずであるのに、何故か色褪せたように感じてしまう。
 何かが、ざわざわと心を撫でて。
 は、と。
 我に返って、不可思議な感覚にぶるりと身を震わせる。

 そんな事が続いていた、ある夜。

 普段であれば静かなだけの食事の時間に、父親が珍しく熱弁を振るっていた。
 そして、父親が珍しい様子であると同じく、藤乃も珍しく聞くともなしに父親の声を聞いている。普段通りの藤乃であれば、父親の言葉が如何様であろうとも威儀を正して聞くはずなのに、内容はちらりとも頭に入ってはいない。
 ただ。
 こんな声、だったろうか…と。
 味も判然とせぬ食事を続けながら、不思議に思っていた。
 こんなに聞き苦しい声、だったろうか、と。
 そんな事だけ妙に気にかかっていたら、不意に飛び込んだ自分の名前に、反射で顔を上げていた。

「聞いているのかっ?! 藤乃!」
「…は?」

 その刹那に、目に映っていたのは父親の顔だけだった。
 正確には、口角泡を飛ばす父親の口元を、唇の僅か下に剃り残したような1本の髭だけ、を見ていた。
 頬を張り飛ばされた自分の身体も、飛び散った食卓の器や御飯も、何を憂いているのか分からぬ母親の溜息も、まだ怒鳴っている父親の声も。身体が壁にぶつかった衝撃も。
 どれ一つとして知覚していなかった。
 唾吐く父親の口と、髭が、藤乃の頭を占領して、そして、声が。
 あの声が響いたのだ。

―― なんと、汚らわしい ――

 じわり。
 身体中に木霊する、声。

 およそ父親に向けて良い言葉ではないのに、うっとりと聞き入り頷きそうになる。
 実際に頷きそうになったその藤乃を現実に戻したのは、からりと響いた何かが転がる音。食卓の足にぶつかって畳を転がる簪を目にして、視界を覆う髪に気づいた。
 簪が、取れている。
 大切な幼馴染から貰った、トンボ玉の簪。澄んだ青が似合うよ、と贈ってくれたお気に入りの一飾だ。
 どうして、取れてしまったのか。
 そっと簪に手を伸べて、急いで胸に抱き込んだ。父親の気配を感じて、壊されては堪らないと慌てたのだが、間一髪で抱き込む事に成功する。
 ほ、と安心したのと同時、ぐい、と頭を上げさせられていた。
 目の前に、父親の顔。
 頬が熱く火照った感覚に、やっと殴られたのだと悟った。

「藤乃、何を腑抜けておるか!今が一番、大事な時だというのに」

 髪を掴み上げる父親の力は容赦なかったが、痛みを感じる事はなかった。
 それよりも、何よりも。
 父親の口元が気にかかっていた。

「珠綬を手にしてからが本番。争奪戦を勝ち残る為には、一層、強くあらねば」
「争奪戦はすぐに始まるとは限らん。現に、引き延ばし工作は始まっているのだ」
「お前は女だ。いずれ力では敵わなくなろう」
「技を磨かねば、今まで以上に修行に打ち込まねば負ける」

 分かっているのか、と睨まれ、何一つ聞いていなくとも頷きを返そうとして失敗する。髪を掴み上げられているせいで、動けなかったのだ。
 それを、父親がどう解釈したのか。
 父親の顔が、じんわり歪んだ。

「お前、よもや…男に色目なぞ使ってるのではなかろうな?」
「学校は行くだけ毒だというのに、あの人が言うから仕方なく行かせてるのだ…」
「男など私が適当に選ぶのだから、下らぬ事に現を抜かすな」

 色目、とか。
 聞いたことの無い単語の意味など分からないが、良くない事だとそれだけは分かる。だが、男、と言ってるからには、幼馴染を指してはいないのだ。
 ならば、特に気にしなくても良い、と。胸に抱いた簪を強く握り込んだ。
 簪を握り込んだ力の強さの分、掌が痛む。その痛みと競うかのように、殴られた頬と打ちつけた全身の痛みが今頃じわじわと神経を嬲る。

「余計な事は考えず、ひたすら修行に励め。必ず当主になって、奴らを見返すのだ」

 どさり、と身体を投げ出されても、まだ呆と父親の顔を見つめる。返される言葉も無く、逸らされた視線に話の終わりを知り、深々と頭を下げた。

「ご指導、ありがとうございました」

 いつもと比べずとも、棒読みにも程がある、という位の心無い言葉ではあったが、父親はそれに対して拘る事はなかった。ただ、道場で頭を冷やせ、とだけ告げて定位置に戻る。
 その言葉を契機に、藤乃は部屋から退出して出来るだけ静かに、しかし可能な限り早く道場へと駆け込んだ。

 声が、響く。
 身のうちから、朗々と。
 甘く、ふわりと、腐り落ちるような。

 その声から逃れるように、胸に抱いた簪を握り込む。道場の板間に正座して、息を整えようとするも上手く出来ない。忙しない呼吸の合間を縫うように、声が割り込んでくる。

―― 下賤、醜悪、不潔、最低の男、ね ――

 否、と強く返したつもりだったが、首が振られる様は如何にも弱々しい。
 今夜見た父の口元は、今まで感じた事の無い程の強い嫌悪感を藤乃にもたらした。一度、囚われてしまえば、殴られた上の説教を修行指導の一環であるというのも言い訳じみて感じてしまう。
 これまで夢にも思わなかった疑念が、きつく閉じた瞼の裏で乱舞する。

―― 醜いモノに、存在価値など、ないわ ――

「馬鹿なことを、仰らないで」

 頷きそうになる己を叱咤するかのように、或いは、甘美な声に対抗するかのように、藤乃はとうとう声をあげた。
 か細い声ではあったが、反論したという行為自体に力を得て、更に言葉を重ねていく。

「お父様は立派な方、よ。重圧にめげず、挫けず、飽かずに修行に邁進された…」

 藤乃の言葉に声が消えたかと思われた、次の瞬間。

 く。
 小さな、一声。
 く、く。
 続けて、二声、三声。
 そして、哄笑が爆発した。

―― 盲いているとは、哀れなこと ――
―― わたくしが、目を覚まさせてあげましょう ――
―― あのような醜きモノなど、綺麗に消して ――
―― 美しいモノを、探しに、参りましょう ――

 それまでは内に響いていただけの声が、皮膚を突き破るかの如く藤乃を乱打する。

―― 香しく、麗しく、艶やかで、ゆかしい ――
―― 美しきモノは、全て、愛おしい ――
―― さあ、早く、探しに参りましょう ――

「ま、待って…行くとは、何をしに、どこへ、探す、美しい、もの…でも、私、は…」

 抗い難い磁力を持つその声に、藤乃は危うく踏み止まっていた。
 此処から離れるという事は、幼馴染からも離れるという、事になるのではないか。その一点のみが藤乃を止める理由たり得た、小さな、しかし確固たる足場だった。
 しかし。
 藤乃が踏み止まろうと苦闘していた様を面白がるような気配だった声が、幼馴染を思い浮かべたその時に、歓喜に染まった。

―― まぁ!なんて、素敵な!可愛らしい、美しい、人、だこと ――
―― そう、だわ。この子に、しましょう。 ――
―― この子を手に入れて、醜きモノを平らげて ――
―― 美しい、世界を、 ――

「お待ちなさい!」

 喜びに沸く声を、許されざる言葉を聞き咎めた藤乃が遮った。厳か、ともいえる声音は、最近の藤乃からは見られなかった気迫でもある。

「今、何を…手に、入れる、と…?」

 声はまだ余裕を持って、それでも若干の戸惑いを乗せて、応えを返す。

―― 綺麗なモノを、集めるの。美しいモノで、満たすの、よ ――
―― 美しい子…手に入れたら、毎日でも、愛でてあげ、ましょう ――
―― 貴女も、あの子を、手に入れたい、のでしょう? ――

 応えに、ギリ、と唇を噛んだ。
 返された問いに、腸が煮え返る。

「私の、声だと…内なる私との問答だと思っていたけれど…お前は、違う」

 断ずる声に、もはや迷いも憂いもなく。

「消え失せなさい!」

 大喝と同時、固く閉じていた目を開いた藤乃は、目の前に道場の床板を見た。床板まではほんの僅かで、まるで額ずかんばかりの、距離。無理な姿勢だとは思っても、身体の感覚は遠かった。あの声が、響いてくるのではと、神経を内へと集中しているからだ。
 しん、と静まり返る道場に、ぜいぜいと乱れに乱れた呼吸音だけが響いていく。
 そのまま過ぎた時間がどれくらいだったのか、藤乃には計り知れない。ただ、もうあの声が聞こえないと思えるようになって、遠くなっていた身体の感覚がじわじわと戻ってきていた。
 まず、掌の痛み。
 あらん限りの力を掌に込めて、簪を握り込んでいたのだと、ゆるり開いた掌からじわりと滲む赤で知る。
 簪が壊れなかった事に、ほっと息をついたところで、バタバタと全身から落ちていく汗に気づいた。
 殴られた頬の痛みはほんのりと残る程度であったが、殴られた際にぶつけた背は疼く。鈍い痛みに眉をひそめ、筋肉の強張りがとれてきたのを感じてから、漸く藤乃は姿勢を正した。

「私は、ただ…」

 一緒に居たい、とは声に出さず。
 髪を纏め直して、簪を挿した。
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